感染症の流行で暗いニュースが多いこの頃ですが、ぼんやりと月を眺めて心にゆとりを持つ。そんな時間が今のわたしたちには必要なのかもしれません。
櫃田
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2021年01月24日
「やりたい事はあるんですけどなかなか…。もっと時間が欲しいですね…」
仕事ではこんな会話をよく耳にします。時間は誰にも平等に与えられています。「時間が十分にある」と胸を張って言える人は少ないのではないでしょうか。それほどに、誰しもが求めているし、足りないと感じています。
時間に限らず、人は不十分な状態、他人と比べて劣っている時に「もっと欲しい」と思いがちです。
「足りてない」ということはどういう意味か、また所有欲の先にあるものは何なのかについて考えます。
「時間が足りない」ということを考えた時、不足分していることばかりに意識が向きがちですが、冷静に考えると2つの要素に整理できます。「今ある時間」と「足りない時間」です。
コップに水が入っているイメージをすると分かりやすいです。
「今ある時間」:コップの中の水
「足りない時間」:コップの空き部分
こう考えると、足りないスペースをどうするか?という論点と、既にあるものをどうするか?という論点の2つの枠組みで考えることができます。
冒頭お伝えした通り、「時間」はどんな状況になってもほとんどの人が足りないと考えてしまうもの。であれば、「今ある時間」をどう使うかという視点で考えた方が、生産性が高いように思います。
足るを知る
「足るを知る」という言葉があります。これは老子の中の教えです。
知人者智、自知者明。
勝人者有力、自勝者強。
知足者富、強行者有志。
不失其所者久。 死而不亡者壽。
難しすぎてよくわかりませんね。「足るを知る」はこの中の「知足者富」に由来しています。この全文を解釈するとこうなります。
人のことをよく理解するには知恵が必要であり、自分のことを理解するには智慧が必要である。
人に勝つことができる人は力をもち、人は強さをもてば自分に勝つことができる。
自分は何を持っているのかを知ることが真の豊かさである。
不断の努力をできる人は志を持っている人である。
本来の自分らしさを見失わない人は長きに渡って栄え、たとえ死んでも、その志は亡びないことを知っている人こそ、本当の長寿なのである。
この中のポイントは「自分は何を持っているのかを知ることが真の豊かさである。」の箇所です。自分が持っているリソースにどれだけ素晴らしいものが備わっているのかを理解することができれば、より豊かに生きることができるということです。
「自分が持っているもの」に「真の豊かさ」が宿るとすると、自分の外に豊かさはないという風にも取れます。外的なステータスではなく、自分の内的に価値が宿る。そう思えば、「足りてない」という一言は自分の内面と向き合い切れていない現れなのかもしれません。
所有欲の先にある欠乏感スパイラル
隣の芝は青く見えます。人は幸せになるために、アレもコレも欲しくなる生き物です。日々無数に生まれる商品やサービスの情報は、常に私たちの欲望を刺激します。そして、「映える」という言葉が飛び交い、テレビやSNSの中の人達はとびきり幸せそうで、豊かに輝いて見えます。
私達は持っていないものを欲しがり、自分ではない誰かに憧れてしまいます。「アレが欲しい」「あんな人になりたい」と、どこかで思っています。でも、それは幻想で、世の中は思うようになりません。その時に感じるのが欠乏感。日常で感じるほとんどの苦しみはこの「足りないもの」に目を向けた時に感じる欠乏感が原因なのではないかと思います。
自分が持っていないものを欲しがり、自分以外の何者かになろうとする。そうした生き方をしている限り、この欠乏感が生み出す苦しみから逃れられません。
たとえ、欲しいものを手にしたとしても、また次のモノに意識が向きます。所有欲は満たしても満たしても、新たに生まれるものであり、満たし切ることはないのです。
そう考えると、「足るを知る」という、今の自分、今持っているものに目を向けることで、この欠乏感と決別でき、所有欲から解放されるのではないでしょうか。これが幸せに生きる考え方なのかもしれません。
「足るを知る」は「感謝」につながる
「自分は何を持っているのかを知ることが真の豊かさである。」とはとても勇気をもらえる言葉です。なぜなら、豊かさを感じられるかどうかの分岐点が「知る」にあるからです。この言葉は、「現状の自分に既に価値がある」という前提に立った言葉です。今持っていることを知りさえすれば豊かさを感じれるし、知らなければ感じないということ。
つまり、この言葉の本質は、「自分は今のままで既に価値がある」という事なのではないかと思います。今の命を授かっている自分という存在を自覚する。モノの豊かさや、対人関係にあるプライドや見栄を捨て、自分という存在に自分が魅力を見出す。そうすることで自分の中から豊かさが芽生えるのではないかと思います。
何かを外から買ってきて手にすることが豊かさではなく、あくまで自分の精神に宿る豊かさです。
この視点に立つと、今「無いもの」「不足しているもの」に注目するのではなく、「持っているもの」「すでにあるもの」に目を向け、それをどう活かすかという発想になります。この思考をすると、今持っているものに「感謝」の念が生まれるように思います。
所有欲に支配された欠乏感ベースの人生か、今の自分の価値を認めた感謝ベースの人生か。どちらが幸せかは選ぶまでもありませんね。
本田
2021年01月17日
第383回で人生をゲームのように楽しむための秘訣を書きましたが、このうちまず重要になるのは目標です。人間は目標があるからこそ進むことが出来ます。ただダラダラと頑張ろうと思うだけでは何もしないまま終わってしまうわけです。なので、まず重要なのは目標を定めること、やりたいこと、やるべきことを決めましょう。
ただし、ここで気を付けることは目標なら何でも良いわけではなく、小さな目標に切り分けることです。
ゲームでは最終目標は大抵大きなものですがそれだけでは何をすれば良いか分からなくなるので、小さな目標の集合体で出来ています。
例えば、RPGゲームでは魔王を倒すのが最終目標としてみます。そうすると魔王を倒すためには魔王城に入る必要がある→そのためにはカギを手に入れる必要がある→カギを持っている手下の魔物を倒す必要がある→魔物を倒すための武器を手に入れようと言うように最終目標にたどり着くための小さな目標に切り分けることが出来ます。
私たちが行動して変えていけるのは「今ここ」しかありません。そして、今ここで出来る本当に小さな目標に分割することが大切です。
さらに重要になるのは、「終えよう」ではなく「始めよう」と考えることです。スタンフォード大学の心理学者アルバート・バンデューラは子供をAとBのグループに分けて実験をしました。
A:この問題集を全部終わらせよう
B:この問題集を1日6問ずつやってみよう
実験結果はAのグループは期限内に55%しか最後までやり遂げられなかったのに対し、Bのグループは74%が最後まで終えることが出来たのです。つまり、終わらせようという決心には一切意味がなく、とりあえず今やろう・ちょっとだけやろうと言うような少しずつでもその場で実行することが目標達成率を最も上げる方法です。
人生をゲームのように楽しむためには、目標を持つことが重要です。しかし、その目標がただ漠然とした大きな目標では最後までやりきれない可能性が高くなります。なので、その目標を小さく分割し、終わらせるのではなく少しずつでも始めていくことに重点を置いて行動してみてください。
福田
2021年01月10日
2021年は私にとって学生から社会人へと変わる大きな一年です。
これまで学生としてアルバイトなどで働いてきましたが、これからは社会の一員として、より一層責任感を大切に働いていきたいと思います。最初はわからないことだらけだと思いますが、様々な知識を吸収する意欲をもって、たくさん学んでいく年にしたいです。わからないことがあれば積極的に聞く、仕事を覚えるために努力する、早め早めの行動を意識する、仕事の優先順位を考える、これらを念頭に仕事に精を出していきます。全てを最初から完璧に行うことは難しいと思いますが、自分の努力次第で成長のスピードは変わると考えているので、頑張ります。
藤榮の一員として、社会人として、精一杯努力する一年にしたいです。
山盛
2021年01月03日
2020年12月28日
今回書いていく内容は理想論だけではなく、
毎日現実的に実践していけたら、人生変わるだろうというお話です。
という謎の比率を書かせていただいたのは、日々生きていく中での自分の行動指針です。
私の理想の比率を書いております。
ポイントは実現可能な比率だということ。
というのも、意識高い系の方々の中には、自分の行動は全て、人のために世の中のためにすべきだと言っている方もいます。
上記の比率でいうと、自分のため:人のため=0:100
こうみると、みなさんの日々の生活の中で実行不可能だというのは容易に想像できるのではないでしょうか。
人には自分のために行動する、自分が成功したい、成長したいという本能は間違いなく必要なことなのです。
言ったり、書いたりするのは簡単だが、実行の実現性について今一度考えてみようと自戒の念を込めてここで書いておきます。
そしてその逆で、自分のため:人のため=100:0 はどうでしょうか。
赤ちゃんはこれですよね。
自分が生きるのに精一杯なので仕方ないです。
プラス親や人の力をかります。
大人がこれだとかなり傲慢に見えたり、1人で寂しい人になりかねません。こういう人とは友達にはあまりなりたくはないでしょう。
極端な二つを出してはみましたが、どちらに偏りすぎてもよくないだろうなと理解できたところで、そうなるとベストな比率は、自分のため:人のため=50:50 で半々でしょう!と思われた方もいたでしょう。それでもいいと思います。
いいと思いますが、私がおすすめするベストな比率こそ、
**自分のため:人のため=49:51 **
と考えます。
比率でいうと1%分多く、自分よりも人のために使う。そして自分も大切にする。1%分が日々徳として積み上がっていく。
損得でわかりやすく言い換えると、自分は常に少し損をしてもいいから、誰かに得をしてもらうんだという精神。
これこそ、人生のピンチもしくはいい流れが来たときに、徳の貯金から他力が働き、思いもよらない助けをもらったり、すごい人から自分を押し上げてもらったりする。
そんな奇跡的なことが起こるんだということ。
それは、奇跡なんかではなく、自分のため:人のため=49:51の行動指針である1%の積み重ねの必然的な作用である。
そう私は信じてやまないです。
ぜひ私と一緒に、背伸びせず、自分のため:人のため=49:51を実行してみませんか?
本田
2020年12月20日
ゲーミフィケーションという言葉を知っていますか。これは人生における様々なことをゲームに置き換えて楽しむ技術のことです。生活の中でゲームは楽しいのに現実はつらいと思ったりすることがあると思います。例えば仕事や勉強はどんなにやる気が出なくてもゲームだったら何の強制もないのに時間を忘れて没頭することはありませんか。さらに人生でショックなことがあって自殺をする人がいてもゲームで同様のことがあっても自殺する人はいないと思います。
ゲームは楽しくなおかつ失敗しても落ち込みづらいのに人生はつらくなおかつ失敗したらすぐに落ち込んでしまう。これは現実とゲームには3つの違いがあるからです。
ゲームが楽しい理由の一つ目は可視化にあります。RPGなどは現実と違い自分の操るキャラクターのステータスを見ることが出来るので現状の把握がしやすく、どこを成長させていけば良いのかを考えやすいものです。しかし現実では明確な数値はなく自分が分かりづらいためやる気が湧きにくくなります。
ゲームが楽しい2つめの理由は目標(ミッション)です。ゲームではやるべき目標が分かりやすく示されます。するとプレイヤーはやる気が湧き活力を持って行動しやすくなります。しかし現実ではミッションが分かりづらかったり、見失ってしまうことが多いです。これは、現実は数え切れないほどの目標がありゲームと比較にならないほど自由度が高いものですが、かえって行動しづらくなる原因になってしまっているのです。
ゲームが楽しい3つめの理由は報酬です。これは何かの行動によって分かりやすく何かが返ってくるかどうかと言うことです。例えばゲームは敵を倒せばレベルの上昇やアイテム
を手に入るという明確な報酬があるのでさらに行動するエネルギーになります。もちろん仕事にも給料という報酬がありますが、どれだけ頑張っても給料が変わらないなどやる気が失われる人もいます。勉強でも成績がいまいち上がらないとなってしまうと変化やレベルアップが感じられないために気持ちが落ち込んでしまいます。
この3つの理由がゲームは楽しく人生がつまらないと感じてしまう理由になります。つまり逆を言えばこの3つを意識すれば人生をゲームのように楽しく人の気持ちを動かしたりすることが出来ると言うことです。
福田
2020年12月13日
江戸しぐさとは、江戸時代の商人や民衆がおこなっていた「しぐさ」のことです。
最初は商人達の間で、お客さんと良い関係を保つための秘訣として、伝承されてきたしぐさでした。
しかし時が経つにつれて、その商人たちのしぐさを民衆が真似て、やがて江戸時代の人たちの多くが実施するようになったしぐさです。
たとえば「横切りしぐさ」と言って、誰かの前を通る時は手刀を前に出して、申し訳ない気持ちを表現するしぐさがあります。
日本のサラリーマンでも、よくやるしぐさですが、しぐさに相手への思いやりを込めて、言葉にしなくても気持ちを伝えることができるため、非常に便利なものだと思います。
他にもいろいろな江戸しぐさがありますが、このように商人たちの間で伝承された、深い知恵が込められたしぐさは、日常生活やビジネスなどにも、十分に活用できるのではないでしょうか。 寺澤
2020年12月06日
努力とは何か。
と、ある人から聞かれた時、私はすぐに答えることが出来ませんでした。皆さんも、頑張る、一生懸命、などのイメージは湧くものの、言葉にするのは難しいと感じるのではないでしょうか。その人は、努力とはどれだけその物事に時間を費やしたかということ、つまり継続したかということだと言います。ですが、ただ単純に継続すればいいというわけではありません。例えば、歯を磨く、お風呂に入る、ご飯を食べる、などの毎日する行為を努力とはいいませんよね。努力における継続に不可欠なのは、目標があるかどうかです。行きたい大学があるから毎日勉強をする、あの服を着こなしたいからダイエットをする、将来就きたい職業があるから資格の勉強をする、など、目標に向かって何らかの行為を継続することを努力といいます。そして継続するのに必要なのは、目標とそれを達成するための行動をきちんと決めることが大切です。その行動も、ただがむしゃらに、やみくもにやればいいというわけではありません。むしろそれらは継続から遠ざかる行為と言えます。適切な行動を決め、それを継続することが、目標への近道であると教えて貰いました。継続することが1番難しい気もしますが…しかしだからこそ、努力が出来る人は成功するんだそうです。
加藤
2020年11月29日
「月を眺める人は心にゆとりがある人だよ」という言葉を聞いたことがあります。
たしかに忙しくて時間に追われている時や、心にゆとりがない時に月なんか見ている場合じゃないかもしれません。仕事や人間関係でうまくいかないことがあったりすると下を向きがち、目線は上に行かないかもしれませんが、そういう時こそ空を見上げて、月を見る時間が少しの時間あったほうがいいと思うのです。
そういえば最近月を見てないなという時は、わたしゆとりがなかったのかと逆に気づくこともあります。
月を見るとなんとなくほっとしたような気持ちになりませんか。
優しい光がずっと見守ってくれるような気がして落ち着きます。
月には古くから不思議なパワーがあると信じられてきました。
新月のときには願い事をノートに書くと叶いやすいといわれてますし、ダイエットを始めると成功しやすいといわれているそうです。
満月のときにだけ産卵する生物がいたり、満月の夜だけ花を咲かせる植物があります。
感染症の流行で暗いニュースが多いこの頃ですが、ぼんやりと月を眺めて心にゆとりを持つ。そんな時間が今のわたしたちには必要なのかもしれません。
櫃田
2020年11月22日
そもそも学校教育は”いい人”を育てる機関です。
これ、実はヤバいことです。
“いい人”の言い方を変えてみます。
・周りの顔色をうかがって自分の意見を言わない人
・用意されたルールに従うことが全てだと考える人
・妬まれないように、自分が得することを回避する人
つまり、機械のように従順な人が尊重される
ということです。
私も例外ではなく、気付かぬうちにこの型にはまっていました。
いままでは、こういった人が多いほうが世の中は上手くいきました。
しかし、今後はそうではありません。
機械のように従順な人の仕事は機械に代替されます。
そのような人は職を失い、生きる術を失います。
この先、生き残るのはどういった人間か
ずばり、「自由な人間」です。
具体的には、ルールや常識に縛られない柔軟な発想のできる人です。
人口知能の発達により、マニュアルに沿って繰り返すような仕事は無くなるため、
機械では難しい、クリエイティブな、
抽象的、高次的な仕事が残ります。
マニュアルにそって、ルールの上で生きてきた人がいきなりこのフィールドに投げ出されたら
どうなるでしょう。
元々常識にとらわれない、自由な発想の上で生きてきた人達に駆逐されてしまいます。
この”駆逐されてしまう側”を学校教育は育て、尊重しています。
だからヤバいのです。
ですが、ここで勘違いしてはいけない事は、
「自由な人間」
とは常識のない、他人に迷惑をかけるおかしい人のことではありません。
これは重要です。
タイトルを”いい人をかぶった自由な人”と書いたとおり、
・社会に適応できる
・他人に迷惑をかけない
という最低限の能力を備えた上で、クリエイティブな発想、活動を行える人です。
いい人をしっかり被れない人はそもそもスタートラインにすらいません。
では、常識の枠から出られなくなった人はどうすればいいのか。
簡単な方法があります。
・自由な人の生き方、稼ぎ方を学ぶ
・今までしてこなかった新しい体験をする
・現在の世の中にないものを日々考える
これを行うことで、
今まで自分がいかに
狭い世界で生きていたのかに気付き、新しい発想をする能力が養われていきます。
あとは、チャレンジして失敗して、チャレンジして失敗して、を繰り返すといつか稼げる人になります。
今、日本、もとい世界は時代の転換点にあります。
コロナショックが過ぎ去ってからさらなる急速な変化が起こりますので、取り残されないように、しっかり自分を磨いていきましょう。
本田