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第532回 清明(せいめい)

2024年03月24日

清明とは「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」という言葉を略したもので、「すべてのものが清らかで生き生きしている」という意味です。二十四節気の5番目で、春を6つに分けたうちの5番目の節気。毎年4月5日〜4月19日頃にあたります。
この頃は「清明」の名前の通り、空は青く澄んで気候は温暖になる、まさに清々しい時期。新年度が始まり、新たな環境での生活や仕事がスタートする人も多いですよね。環境に馴染むのにエネルギーをたくさん使うこの時期、動植物の生命力を分けてもらい、清々しい春の息吹を感じながら乗り切りましょう。
あまり馴染みのない「清明」ですが、とても大切な行事が行われる地域があります。中国、台湾、香港などの中華圏では、春分の日から15日目(清明に入る日。毎年4月5日頃)は「清明節(せいめいせつ)」と呼ばれる祝日。この日はお墓を掃除して墓参りをするため、「掃墓節(そうぼせつ)」とも呼ばれています。日本でいう「お盆」に当たる日です。
また沖縄では中国からこの行事が伝わり、清明に「シーミー(またはウーシーミー)」と呼ばれる清明祭が行われます。清明祭では、先祖のお墓に親戚一同が集まり、お墓掃除をしてお供えをしたあと、お墓の前で宴会をします。そのため、沖縄のお墓にはシーミーを催すスペースが設けられているところが多いそうです。
清明の頃には、南東から「清明風」と呼ばれる穏やかな風が吹いてきます。これは、冷たい北風の季節が終わり、春の到来を知らせてくれる風。この時期になると晴れの日は暖かくて湿度も低く、とても過ごしやすくなります。ぜひ木々の緑や色とりどりの花を眺めながら、散策を楽しみましょう。
また、この頃のやわらかく静かに降る雨は、「発火雨(はっかう)」や「桃花(とうか)の雨」などと呼ばれています。桃の花に降る雨が、遠目には火を発しているように見えることが語源だそう。雨の日でも濡れた若葉の緑が清々しく見え、気持ちのいい季節です。
清明は生命力にあふれ、樹木も動物も人も、活力みなぎる時季です。澄んだ大気を思い切り吸い込んで、さぁ、前へ――。そんな時季になるといいですね。
外山

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第531回 コカインとは

2024年03月17日

コカインとはコカの葉を粉末にしたものです。コカの葉は南米アンデス高原の先住民が神聖な植物として噛んだりしていました。噛むことによって気力回復や気力アップの効果があったそうです。

その後にヨーロッパに伝わりワインに入れられ「コカワイン」として爆発的に売れました。実際シャーロック・ホームズが作中で使用していたり、精神医学者のフロイトも絶賛していました。その結果フロイトが処方した患者が依存して亡くなった事もありました。その後フロイトはコカインを勧めなくなったそうです。またアメリカの薬剤師ジョン・ペンバートンはコカインに炭酸などを混ぜて「コカ・コーラ」を作りました。もちろん今は、コカインは入っていません。

コカインの効果としては、まずコカインを吸い込むことで強烈にハイな気持ちになります。覚醒剤のような高揚感に大麻のような多幸感もあり強力な快感です。さらに腕力や知力が高くなったような感覚が得られます。

ただしコカインの効果は驚くほどに短く鼻から粉を吸えば15分、喫煙の場合は5分程度で効果が切れます。そして効果が切れると重い抑うつ感に襲われます。これを通称「ツブレ」と呼ばれています。

その結果何度も何度も摂取する必要があり摂取量がどんどん増えていきます。そのためお金も掛かります。よってコカインはセレブのドラッグと呼ばれているそうです。

また使い続けると幻覚が強く出てきます。特に体に虫がいると思い体をかきむしる人もいます。さらにコカインは「鼻から粉を吸う」と言う人が多いのですが、その刺激で鼻の粘液にダメージを受けて鼻血や鼻水が出やすくなります。さらにダメージが進むと鼻の間に穴が空いてしまうこともあります。

そもそも薬物が何より危険な点は「混ぜもの」です。コカインなど高価なクスリほど混ぜ物を加えて増やせば儲けを増やせます。そして混ぜものですが粉ミルクや小麦粉などならマシな方で、ものによっては洗剤やガラス片などが入っていることもあるそうです。また他の安い薬物が混ぜられていることもあるそうです。その場合吸う危険性が上がるわけです。

すなわち薬物は、単独効果はもちろんのこと混ぜものによってさらに危険なものになっているわけです。

実際に「セレブのドラッグ」という華やかな名称とは裏腹に人生をボロボロにするクスリなので、決して興味本位で手を出さないでください。

福田

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第530回 イドラ 「誤解にはパターンがある」

2024年03月05日

イギリスの哲学者フランシスコ・ベーコンは「物事の正しい知識は実験や注意深い観察から得られるものだ」とする考えである経験主義の哲学者です。

ベーコンは正しい知識を導くことにおいて観察と実験が一番大事と考える一方で、人間の認識と言うのは誤解と偏見であふれており正しい結論が導けないことが多々あります。

では人間が正しく結論を出すにはどうした良いかという事にベーコンが述べたのは、誤解の種類には4つのイドラ(偶像)があるというものでした。

 

・種族のイドラ(自然性質によるイドラ)

いわゆる錯覚の事です。月が高いと小さく見えるが建物の近くまで低くなると大きく見えたり、甘いものを食べた後に果物を食べるといつもより酸っぱく感じたりする事です。

 

・洞窟のイドラ(個人経験によるイドラ)

自分のうけた経験や教育の狭い物差しで物事を決めてしまう誤解です。例えば一度食べた魚がたまたま口に合わなかっただけで、自分は魚類全般が食べれないと思い込むことです。

 

・市場のイドラ(伝聞のイドラ)

言葉の不適切な使用によって起こることです。言い換えれば、噂や伝聞を真実だと思って惑わされることです。例えばどこか出所か分からないSNSの情報をさも真実のように他人に拡散してしまう事です。噂と言うのは人に伝わるたびに噂し甲斐があるように、それが故意的でなくても婉曲されていくものです。

 

・劇場のイドラ(権威によるイドラ)

有名人や自分より偉大な人の主張など権威や伝統を鵜吞みにしてしまう事によって生じる偏見の事です。例えばテレビなどのメディアに出ている有名人が主張していることだから、違いないんだと無批判に信じ込んでしまう事です。

 

これら4つのイドラを知っていると、まず自分が主張する時の根拠となる認識が4つのイドラによって歪められてはいないか。次に他者に反論する際に主張する時の根拠となる前提が4つのイドラによって歪められてはいないか。と確認することができます。

 

例えば、とある子供が魚は刺身の切り身のまま海を泳いでいるのだと主張していたという話があります。その主張の根拠というのがスーパーで売られている「魚」と言われて買うものが刺身の切り身の状態だからです。

これこそ洞窟のイドラであり、その子供にとって「魚」は切り身で泳いでいるのもいるし、開きで泳いでいるのもいるし、通常の状態で泳ぐ種類もいるという認識なのです。

 

ベーコンによると、人間の知性というものはこれらのイドラによって一旦思い込むと、全てのことをそのイドラと整合性が合うように作り上げてしまう性質を持っていると考えられています。このような思い込みは、いくらその考えに対しての反例が多く表れても、それらを無視するか軽視しがちになってしまうという事です。

よって、ベーコンはこの4つのイドラを取り除いて初めて人は正しい知識を導けると説いたのです。

 

藤浪

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