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第175回 自動車のナビの使い方は

2017年06月20日

自動車で少々遠出にどこか出かける。出かける時にナビがある人は大体入れる。するとナビがあるから頭使わないで運転できる。最近はAI搭載の自動車すらあるからアクセル踏まない、ハンドルも添えるだけ、ブレーキも勝手に踏んでくれる。まことに快適ですわ。

しかしナビが誘導してくれる道は大体国道になる。休みの日はその国道めがけてナビに誘導された人々が押し寄せるから、また道が混む。それで渋滞になる。渋滞をあらかじめ教えてくれるナビもあるから、今度は渋滞を避ける道を案内してくれる。すると同じようにまたあっちからも、こっちからもナビに誘導された自動車が来る。そうです結局みんな同じことをやっているのです。すべてナビに左右されているのです。

だから私はナビ通りに運転しない。右行けというと直進する。まっすぐというと左に回る。行くべき方向と道の具合と勘を頼りに運転する。

すると同乗者に言われる「ナビと違うとこ走っている」と。

子供には「ナビ通り走るな」と教育している。戸惑うようだが、自動車の運転も人生の自分の運転も同じ。他人様に誘導されたくない。

人間だいたい組織に誘導される。というか上司に目標を与えられ、それに向かう。その目標はある年齢、そう大体社会人6年目ぐらいになると自分で作りだすものなのだが、その目標をもらえないと感じると、人生に不安を感じる。そして悩む。どうしよう。これこそ自動車の運転と同じ。どっちにしろ我々の時代にはナビなどなかった。地図も持ち歩かなかった。携帯もPCもなかった。情報もなく、常に看板と、町の人々に聞いて、適当に走っていた。頼るものは自分だけだった。だから子供にナビ通りに行くなと指導している。

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第174回 素直さもいいけどいつまでもそれだけでは通用しない

2017年06月20日

子供の時よく学校の先生から「お宅のお子さんは大変素直です」と先生に褒められた経験のある人がいると思う。親としてもとてもうれしいし、子供ながらに先生に褒められるということは良いことなんだと子供も思う。そうです素直なことはいいことなんですね。何がいいかというと「扱いやすい」ということで、暗に自分がない。ロボットみたい。ということです。逆に「この子は何ともしょうがない。目が離せない。仲間を悪い方に先導する」と言われた子供(私みたいな人間)は、先生にとっては全く厄介者なのである。だから家に居ても同じ。私の小さい時は親戚の家をたらいまわしに泊められていた記憶ばかり。そこでやりたい放題。素直さなどない。生意気しかない。社会人になっても闘争心と我慢強さだけはあった。体力にも自信があったが無理にはかなわなかった。今にして思えばそれでも飯食ってこられた。家族もできた。子供たちも育てられ。それで良かった。幸せだったと言える。素直さなどなくても、違ったことで必要とされる。若い時は闘争心であると石原明さんが言う

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第173回 2人3脚で仕事する

2017年06月20日

配送3人、業務3人、2F組立3人、1F加工3人 まさに2人3脚の連係プレイである。3人の1日のやるべき仕事が30とする。それを3人が均等に10ずつこなしているわけではない。ある者は6であり、ある者は8であり残りの1人が16こなしている場合もある。いずれにしてもこの3人の内の中心人物が音頭を取り、段取りをし、指示変更し、それでもだめなら自分の力をさらに出すのである。出し切ってしまう時もある。すると「Aさんは6しかできないか、Bさんは8しかできないか。もっとやってくれないと私ばっかり疲れる」となる。これが普通なのである。そこで中心人物がどういう作戦を考えるかである。
3人で集まって、「どうしたらもう少し早く出来ないかな」と話し合うか、Bさんだけ呼んで「Aさんが6しかできないから悪いけどBさんすこしAさんの手伝いしてくれる」と持ち掛けるか、
それとも中心のCさんが、A.Bさんに対して今まで以上に指示を出して自分が思うように動いてもらうのか。
その様子は3人の中の中心人物の作戦で決まってくる。

要は1日の結果30であればよいのだ。ところが石原明さんが言う

「僕は30という目標は5時間ぐらいでやってしまって、残りの3時間を今日の為ではなく、明日のために行動を起こすよ」と。

残りの3時間を明日のために使えば、ただでさえ8時間を5時間でやってしまうのだから、明日は2時間で片付いていることになる。すると翌翌日は今日の仕事ではなく明日の仕事をやっていることになる。

ここに時間の余裕が生まれ、心の余裕と体の余裕とお金の余裕ができてくる。こういう理論である。
時間はお金であり、時間のコントロールができるものが中心人物であり、さらに効率の良いチームは活気があり、エネルギーに満ち溢れ、給料が高くなり、夢が開ける。

夢は夢見るものではなく、実現するものなのである
昨日「理解したら実行しろ」と習ったが、実行には努力がいるのである。

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第172回 反省して成果が出るのに時間がかかる

2017年06月20日

あることをやってみたが反省して次の作戦を立てた。それが成功したかどうか判断できるのには時間がかかる。その間に他のことを反省している。並行して次の作戦を考えている。しばらくするとまた予期せぬことが起きる。それもまた直ちにその場を切り抜けるために考える。行動に移す。しかし前々から行動していたことの反省期限がまたやってくる

そこに基づいてまた作戦を考える。それらを重ね合って実行していくことが社会という物である。学校でも9教科も勉強していた。それだけたくさんの物を毎日々勉強という行動を起こしていたのだから、まだ社会は楽なのかもしれない。
適性検査の欄に「変化対応的業務」という欄がある。これは大体25点である。25点は安定的だが器用さがない。60点は神経が定まらないが機敏に動く。その人の持ち味がある。ただ言えることは大概の人は25点である。だからここに「ナビ通り行くな」理論が出る。25点はナビ通り運転する。これが普通なのである。

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第171回 日本と世界の生涯学習の違い

2017年06月18日

これまで世界の色々な生涯学習のあり方を見てきました。

イギリスは、生涯学習が積極的に展開される「学習社会」の実現を目指して、高等教育、継続教育、成人教育、職業・技能訓練などの施策として展開してきました。

アメリカ合衆国では、「コミュニティ・カレッジ」など民間のボランタリーな団体が主体となって多様な学習機会を展開してきました。

またドイツの生涯学習は、フォルクスホッホシューレという公立の施設を中心に、幅広い学習プログラムが提供されており、政治や社会問題、環境保護に関する講座など、一般市民の関心の高さと共に市民の政治参加を促す機関としても機能していることが分かります。

デンマークでは農村で発達したアソシエーションが都市へと伝播し、労働者を中心とする政治的および社会的な力へと発展していきました。

ブラジルの生涯学習では、基本的な識字率を上げると共に、オリンピック・パラリンピック等、国際機関や国際的施策と共同協調して展開するものも少なくありませんでした。

しかし、ヨーロッパ諸国には常に移民問題がつきまとい、アメリカやブラジルでもそれぞれの国の問題を抱えています。

日本と世界を比較してみると、やはり生涯学習を行う人々の年齢が一番のちがいではないでしょうか。世界では、成人した後も学習をできるように色々な施設が解放されており、50代、60代になっても学習する意欲が強いように感じます。それに比べて日本は成人の生涯学習率が最低だそうです。このような結果もあり、世間では生涯学習が浸透せず、「形だけ」で終わってしまう状況にあります。

2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されますが、ブラジル同様この祭典も生涯学習の一部なのです。スポーツは、性別・年齢関係なく、誰もが夢中になれるものです。選手は選ばれた人しかなれませんが、見るだけでしたら誰でもできます。選手の活躍を見て自分もやってみたいと思う人も出てくると思います。その活動の拠点として生涯施設があるのです。「勉強」という堅いイメージではなく、まずは「興味を持って体験してみる」ことから始めていけば、成人の生涯学習率も徐々に上がっていくのではないでしょうか。

岡田

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第170回 日本の子供は外国と比べて家事を手伝わない

2017年06月11日

家族心理学者のある調査によりますと、日本の子供達は、外国の子供達と比較すると、家事を手伝わない割合が非常に高いことが分かりました。

たとえば、アメリカの子供達は、自分から進んで家事をおこない、家事をして協力することが当たり前のように、熱心に取り組んでいる子が多いということです。

家事をおこないますと、物事の理屈やチームワーク、効率を上げるコツや、自分の役割についての理解など、様々な点において、子供の発達が促されるのです。

 

しかしながら、日本には、古くから「家事は母親の仕事」という考え方があるため、家事は全て母親に任せっきりで、父親のみならず、子供達も家事を手伝わないのです。

また、最近では、洗濯機、掃除機、炊飯器など、電化製品が家事をやってくれるようになっています。 これも子供達が家事を手伝わなくなってきた原因の一つとなっています。

でも、海外の子供達は、電化製品が家庭に入り込んで、家事が簡単になってきている今でも、熱心に家事に取り組みます。 ですので、日本の子供達が家事を手伝わない傾向にあるのは、やはり、「家事は母親の仕事」という考え方にあるようです。

 

家事をおこないますと、自分の役割を認識し、自分の仕事をおこなうことで、家族に喜んでもらえるというとても貴重な体験をすることができます。 そして、これが、子供の人間性形成に非常に役に立つのです。

したがいまして、電化製品を使っての掃除になりますが、やはり、子供達には極力、家事を手伝ってもらう方がいいでしょう。 たとえば、洗濯機での洗濯は、長女に任せる、ある部屋の掃除機がけは、長男に任せるなど、買い物は、次男坊に任せるなど、役割分担を決めてしまうのがいいです。 そして、家事をやってくれた時には、一生懸命、褒めてあげてください。そうすることで、自分の役割を遂行する意義と楽しさを、しっかりと理解してくれるようになります。

寺澤

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第169回 書くことは「自分に相談する」こと

2017年06月04日

将来への漠然とした不安や職場での人間関係の悩み・・・。現代の社会人は、何に悩んでいるのか把握できないほど、多くのストレスを抱えています。そんな時はまず、一つずつ悩みを書き出して思考を整理してみることがよいでしょう。なぜなら、悩みは「思い込み」であるケースが多少あるからです。

私たちは日頃、ほとんどの判断を無意識に行っています。全て熟考していては時間がいくらあっても足りないからです。いわば「自動思考」によって判断・行動して、生活しているわけです。とくに、精神的に疲れている時ほど、自動思考で情報を処理してしまいがちです。しかし、自動的な判断は、基本的にマイナスの部分を大きく捉える傾向があります。そのため、心が疲れている時ほど、漠然とした不安が大きく広がってしまうのです。

ここで、一度立ち止まって自分の考え=認知を客観的に振り返ってみると、意外なほどネガティブな感情に囚われて、悪い思い込みをしていたことに気づけるのです。

誰かに相談できれば「考えすぎ」「心配する必要はない」などといった客観的な意見に触れることができますが、人に相談するということは簡単なようで実はハードルが高いものです。あまりに悩みが深ければ相手も受け止めきれないからです。

そこで、書き出すことによって自分の気持ちや考えを俯瞰する「もう一人の自分」を作ることができれば、他人ではなく「自分」に相談できるようになります。すると、自然と気持ちが楽になり、今後どう行動すべきかが見えてくるかもしれません。

 

山本

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