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2026年04月26日
4月27日は「駅伝誕生の日」です。
1917(大正6)年の4月27日、京都・三条大橋から東京・上野不忍池までの23区間、約508kmを3日間かけて走る日本初の駅伝「東海道五十三次駅伝競走(東海道駅伝徒歩競走)」が行われました。これを記念して制定された記念日が、「駅伝誕生の日」です。
「東海道五十三次駅伝競走(東海道駅伝徒歩競走)」は、1868(明治元)年に、明治天皇が京都を出発して江戸城に入ったルートをたどろうと計画され、京都・三条大橋から東京・上野不忍池までの23区間、約508kmを、昼夜問わず3日間かけて走り抜ける過酷なものでした。
参加したのは、関東と関西の二チームのみ。当時はコース途中の天竜川や木曽川など大きい川に橋がなかったので、選手は渡し船で川を渡ったそうです。さらに、コースには現在のように街灯が常に道を照らすということがなかったので、夜は選手を囲んだ大集団が手にカンテラや懐中電灯を持ってコースを照らしたといいます。
関東チームの最終ランナーは、1912(明治45)年のストックホルム五輪のマラソン競技に、日本人選手として初めて出場した金栗四三(かなくりしそう)。最終ランナーとして上野不忍池を一周した金栗は、大観衆の喝采を浴びてゴールし、関東チームを勝利に導きました。
現在、スタート地点とゴール地点である三条大橋および上野不忍池の近くには「駅伝発祥の地」の碑がそれぞれ置かれています。
「駅伝」の名前は、東海道五十三次の「駅」にちなんで名付けられました。そもそも「駅」とは、首都と地方の間の道路網に30里(約16km)毎に置かれた中継所のことを言い、ここに朝廷の使者が利用するための宿泊施設や人、馬が配置されていたのです。
いちばん有名な「箱根駅伝」
「東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)」は、関東学連加盟大学のうち、選抜された20チームが、1月2日と3日の2日間にわたり、東京の読売新聞社前から箱根芦ノ湖までの往復、計10区間227.9キロを走り抜ける学生の最大の駅伝競走です。各大学の選手がたすきを中継所でつないでいく激走は、お正月の風物詩といってもいいくらい馴染みの深いイベントですね。
「箱根駅伝」が誕生したのは1920(大正9)年。「マラソンの父」と呼ばれる金栗四三が、世界で戦える選手の育成を目標に創設しました。彼は日本初の駅伝である「東海道五十三次駅伝競走(東海道駅伝徒歩競走)」で最終ランナーを務めた経験から、「箱根駅伝」の開催を思いついたそうです。第二次世界大戦、及び太平洋戦争中、そして戦後に中断はありましたが、1987(昭和62)年にテレビで生放送されるようになると、さらに高い人気を博し、2024年には第100回の節目を迎えました。
駅伝の応援に行ったことはありますか?沿道からの声援も 選手たちの力になります。「たすきを渡しながらチームで長距離を走る一体感」も駅伝の魅力ですよね。全力を尽くし、次へ、次へとつないでいくことで一丸となって達成を目指す…歴史のある競技です。
外山