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第581回 ボウリングの日

2026年06月21日

今では想像もつかない、1970年前後の全国的な空前のボウリングブーム。
6月22日は「ボウリングの日」です。
この日が制定されたのは、日本のボウリング第一次ブームがピークに達した1972年(昭和47年)のことでした。
このブームを牽引したのは、1969年(昭和44年)に開催された「第1回女子プロテスト」でトップ合格をした須田開代子と2位となった中山律子の2人です。
この時、合格した1期生は全部で13名いましたが、話題の中心はいつもこの2人のライバル対決です。
女子プロボウラー誕生後、ボウリングブームは一気に加速します。
“人気の中山”と“実力の須田”という対立構図が話題を呼び、テレビ各局はゴールデンタイムにボウリング番組を放映し、どの局も高視聴率を獲得しました。
その結果、1960年(昭和35年)には全国にわずか3カ所しかなかったボウリング場は、1972年(昭和47年)には最多の3697カ所にまで増加し、ボウリングは友達や家族で楽しむ手軽なスポーツとして広まったといえます。
「ボウリングの日」の由来は、江戸末期の1861年(文久元年)の6月22日にまで遡ります。
この日、長崎に日本最古のボウリング場がオープンしました。
当時、長崎の出島は日本で唯一の外国との交易拠点で、その大浦居留地の一角につくられたのがボウリングサロンです。
このサロンは日本で暮らす外国人の社交場として利用され、軽飲食も楽しめる場所でした。
この頃の日本は幕末真っ只中で、7年後の1868年(明治元年)には江戸から明治へと大きく時代が変わる、そんな近代化直前の時代でした。
長崎に居留していたイギリス人貿易商グラバーと親交が深かった坂本龍馬が日本人最初のボウリングプレイヤーだったという噂もありますが、確かな記録は残っておらず、“夢のある想像”の域を超えません。
1952年(昭和27年)には、一般人がプレイできる民間ボウリング場「東京ボウリング・センター」が東京青山に開業しました。
事実上、これが日本初のボウリング場です。
月給平均1万円の時代に、入会金3万円、年会費3000円という高額な料金設定でしたが、レストランやビリヤード場を併設したおしゃれな娯楽施設として一部の富裕層には人気がありました。
しかし、約1年で経営が破綻し、第一ホテルが経営権を取得して吉祥寺第一ホテル(武蔵野市)へと施設を移設しました。
1980年代を超えた頃からボウリングブームは下降線をたどり始めました。
その大きな要因はレジャーの多様化です。
収益が見込めなくなった老朽化が進んだボウリング場は、ホテルや駐車場に建て替えられ、2023年(令和5年)には661施設にまで減少しました。
しかし最近、かつてのボウリングブームを知らない若い世代が、ボウリング場に足を運び始めています。
彼らはゲーム感覚で身体を動かす手軽なスポーツとしてボウリングに新鮮さを感じているようでボウリングがSNSを通じてバズる日も近いような気がします。
外山

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