感染症の流行で暗いニュースが多いこの頃ですが、ぼんやりと月を眺めて心にゆとりを持つ。そんな時間が今のわたしたちには必要なのかもしれません。
櫃田
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2021年01月03日
2020年12月28日
今回書いていく内容は理想論だけではなく、
毎日現実的に実践していけたら、人生変わるだろうというお話です。
という謎の比率を書かせていただいたのは、日々生きていく中での自分の行動指針です。
私の理想の比率を書いております。
ポイントは実現可能な比率だということ。
というのも、意識高い系の方々の中には、自分の行動は全て、人のために世の中のためにすべきだと言っている方もいます。
上記の比率でいうと、自分のため:人のため=0:100
こうみると、みなさんの日々の生活の中で実行不可能だというのは容易に想像できるのではないでしょうか。
人には自分のために行動する、自分が成功したい、成長したいという本能は間違いなく必要なことなのです。
言ったり、書いたりするのは簡単だが、実行の実現性について今一度考えてみようと自戒の念を込めてここで書いておきます。
そしてその逆で、自分のため:人のため=100:0 はどうでしょうか。
赤ちゃんはこれですよね。
自分が生きるのに精一杯なので仕方ないです。
プラス親や人の力をかります。
大人がこれだとかなり傲慢に見えたり、1人で寂しい人になりかねません。こういう人とは友達にはあまりなりたくはないでしょう。
極端な二つを出してはみましたが、どちらに偏りすぎてもよくないだろうなと理解できたところで、そうなるとベストな比率は、自分のため:人のため=50:50 で半々でしょう!と思われた方もいたでしょう。それでもいいと思います。
いいと思いますが、私がおすすめするベストな比率こそ、
**自分のため:人のため=49:51 **
と考えます。
比率でいうと1%分多く、自分よりも人のために使う。そして自分も大切にする。1%分が日々徳として積み上がっていく。
損得でわかりやすく言い換えると、自分は常に少し損をしてもいいから、誰かに得をしてもらうんだという精神。
これこそ、人生のピンチもしくはいい流れが来たときに、徳の貯金から他力が働き、思いもよらない助けをもらったり、すごい人から自分を押し上げてもらったりする。
そんな奇跡的なことが起こるんだということ。
それは、奇跡なんかではなく、自分のため:人のため=49:51の行動指針である1%の積み重ねの必然的な作用である。
そう私は信じてやまないです。
ぜひ私と一緒に、背伸びせず、自分のため:人のため=49:51を実行してみませんか?
本田
2020年12月20日
ゲーミフィケーションという言葉を知っていますか。これは人生における様々なことをゲームに置き換えて楽しむ技術のことです。生活の中でゲームは楽しいのに現実はつらいと思ったりすることがあると思います。例えば仕事や勉強はどんなにやる気が出なくてもゲームだったら何の強制もないのに時間を忘れて没頭することはありませんか。さらに人生でショックなことがあって自殺をする人がいてもゲームで同様のことがあっても自殺する人はいないと思います。
ゲームは楽しくなおかつ失敗しても落ち込みづらいのに人生はつらくなおかつ失敗したらすぐに落ち込んでしまう。これは現実とゲームには3つの違いがあるからです。
ゲームが楽しい理由の一つ目は可視化にあります。RPGなどは現実と違い自分の操るキャラクターのステータスを見ることが出来るので現状の把握がしやすく、どこを成長させていけば良いのかを考えやすいものです。しかし現実では明確な数値はなく自分が分かりづらいためやる気が湧きにくくなります。
ゲームが楽しい2つめの理由は目標(ミッション)です。ゲームではやるべき目標が分かりやすく示されます。するとプレイヤーはやる気が湧き活力を持って行動しやすくなります。しかし現実ではミッションが分かりづらかったり、見失ってしまうことが多いです。これは、現実は数え切れないほどの目標がありゲームと比較にならないほど自由度が高いものですが、かえって行動しづらくなる原因になってしまっているのです。
ゲームが楽しい3つめの理由は報酬です。これは何かの行動によって分かりやすく何かが返ってくるかどうかと言うことです。例えばゲームは敵を倒せばレベルの上昇やアイテム
を手に入るという明確な報酬があるのでさらに行動するエネルギーになります。もちろん仕事にも給料という報酬がありますが、どれだけ頑張っても給料が変わらないなどやる気が失われる人もいます。勉強でも成績がいまいち上がらないとなってしまうと変化やレベルアップが感じられないために気持ちが落ち込んでしまいます。
この3つの理由がゲームは楽しく人生がつまらないと感じてしまう理由になります。つまり逆を言えばこの3つを意識すれば人生をゲームのように楽しく人の気持ちを動かしたりすることが出来ると言うことです。
福田
2020年12月13日
江戸しぐさとは、江戸時代の商人や民衆がおこなっていた「しぐさ」のことです。
最初は商人達の間で、お客さんと良い関係を保つための秘訣として、伝承されてきたしぐさでした。
しかし時が経つにつれて、その商人たちのしぐさを民衆が真似て、やがて江戸時代の人たちの多くが実施するようになったしぐさです。
たとえば「横切りしぐさ」と言って、誰かの前を通る時は手刀を前に出して、申し訳ない気持ちを表現するしぐさがあります。
日本のサラリーマンでも、よくやるしぐさですが、しぐさに相手への思いやりを込めて、言葉にしなくても気持ちを伝えることができるため、非常に便利なものだと思います。
他にもいろいろな江戸しぐさがありますが、このように商人たちの間で伝承された、深い知恵が込められたしぐさは、日常生活やビジネスなどにも、十分に活用できるのではないでしょうか。 寺澤
2020年12月06日
努力とは何か。
と、ある人から聞かれた時、私はすぐに答えることが出来ませんでした。皆さんも、頑張る、一生懸命、などのイメージは湧くものの、言葉にするのは難しいと感じるのではないでしょうか。その人は、努力とはどれだけその物事に時間を費やしたかということ、つまり継続したかということだと言います。ですが、ただ単純に継続すればいいというわけではありません。例えば、歯を磨く、お風呂に入る、ご飯を食べる、などの毎日する行為を努力とはいいませんよね。努力における継続に不可欠なのは、目標があるかどうかです。行きたい大学があるから毎日勉強をする、あの服を着こなしたいからダイエットをする、将来就きたい職業があるから資格の勉強をする、など、目標に向かって何らかの行為を継続することを努力といいます。そして継続するのに必要なのは、目標とそれを達成するための行動をきちんと決めることが大切です。その行動も、ただがむしゃらに、やみくもにやればいいというわけではありません。むしろそれらは継続から遠ざかる行為と言えます。適切な行動を決め、それを継続することが、目標への近道であると教えて貰いました。継続することが1番難しい気もしますが…しかしだからこそ、努力が出来る人は成功するんだそうです。
加藤
2020年11月29日
「月を眺める人は心にゆとりがある人だよ」という言葉を聞いたことがあります。
たしかに忙しくて時間に追われている時や、心にゆとりがない時に月なんか見ている場合じゃないかもしれません。仕事や人間関係でうまくいかないことがあったりすると下を向きがち、目線は上に行かないかもしれませんが、そういう時こそ空を見上げて、月を見る時間が少しの時間あったほうがいいと思うのです。
そういえば最近月を見てないなという時は、わたしゆとりがなかったのかと逆に気づくこともあります。
月を見るとなんとなくほっとしたような気持ちになりませんか。
優しい光がずっと見守ってくれるような気がして落ち着きます。
月には古くから不思議なパワーがあると信じられてきました。
新月のときには願い事をノートに書くと叶いやすいといわれてますし、ダイエットを始めると成功しやすいといわれているそうです。
満月のときにだけ産卵する生物がいたり、満月の夜だけ花を咲かせる植物があります。
感染症の流行で暗いニュースが多いこの頃ですが、ぼんやりと月を眺めて心にゆとりを持つ。そんな時間が今のわたしたちには必要なのかもしれません。
櫃田
2020年11月22日
そもそも学校教育は”いい人”を育てる機関です。
これ、実はヤバいことです。
“いい人”の言い方を変えてみます。
・周りの顔色をうかがって自分の意見を言わない人
・用意されたルールに従うことが全てだと考える人
・妬まれないように、自分が得することを回避する人
つまり、機械のように従順な人が尊重される
ということです。
私も例外ではなく、気付かぬうちにこの型にはまっていました。
いままでは、こういった人が多いほうが世の中は上手くいきました。
しかし、今後はそうではありません。
機械のように従順な人の仕事は機械に代替されます。
そのような人は職を失い、生きる術を失います。
この先、生き残るのはどういった人間か
ずばり、「自由な人間」です。
具体的には、ルールや常識に縛られない柔軟な発想のできる人です。
人口知能の発達により、マニュアルに沿って繰り返すような仕事は無くなるため、
機械では難しい、クリエイティブな、
抽象的、高次的な仕事が残ります。
マニュアルにそって、ルールの上で生きてきた人がいきなりこのフィールドに投げ出されたら
どうなるでしょう。
元々常識にとらわれない、自由な発想の上で生きてきた人達に駆逐されてしまいます。
この”駆逐されてしまう側”を学校教育は育て、尊重しています。
だからヤバいのです。
ですが、ここで勘違いしてはいけない事は、
「自由な人間」
とは常識のない、他人に迷惑をかけるおかしい人のことではありません。
これは重要です。
タイトルを”いい人をかぶった自由な人”と書いたとおり、
・社会に適応できる
・他人に迷惑をかけない
という最低限の能力を備えた上で、クリエイティブな発想、活動を行える人です。
いい人をしっかり被れない人はそもそもスタートラインにすらいません。
では、常識の枠から出られなくなった人はどうすればいいのか。
簡単な方法があります。
・自由な人の生き方、稼ぎ方を学ぶ
・今までしてこなかった新しい体験をする
・現在の世の中にないものを日々考える
これを行うことで、
今まで自分がいかに
狭い世界で生きていたのかに気付き、新しい発想をする能力が養われていきます。
あとは、チャレンジして失敗して、チャレンジして失敗して、を繰り返すといつか稼げる人になります。
今、日本、もとい世界は時代の転換点にあります。
コロナショックが過ぎ去ってからさらなる急速な変化が起こりますので、取り残されないように、しっかり自分を磨いていきましょう。
本田
2020年11月15日
人間関係において何か頼まれごとをされることがあると思います。あなたは誰かに嫌なことを頼まれたときはどんな対応をしますか?
嫌なことを頼まれたときの人間が行う反応は4パターンあります。
この中で最も良くないのはどれだと思いますか。直接的攻撃反応が一番悪いと思うかもしれませんが、実は非主張的反応が最も悪い対応です。これは一見無難な反応ですが長期的に見ると我慢したストレスがいつ爆発するかわかりませんし、相手も頑張ってやったとしてもあまり感謝せず何度も同じことを言う可能性があるからです。そして次に悪いのが間接的攻撃反応です。直接的攻撃反応の場合は怒りの言葉を出すのできちんとコミュニケーションが成立するので、相手もハッキリと感情に気づけて反論することができます。しかし、間接的攻撃反応は態度だけでしか表現しないので言い返すこともできずコミュニケーションが成立しづらいためお互いに強いストレスを抱え長期的に関係はものすごく悪化するからです。
もしあなたが上手く断りたいなら「あかり」と覚えてください。これは謝り・代わり・理由のことを指します。人間は謝りの言葉を聞くと気持ちが安らぐので断られても気分を害しづらくなり、代案を示すことで全否定をしていないことを示し、相手に軽んじているわけではないことを示すことです。この3つをすべて伝えられるのがベストですが、どれか1つ2つでも言うだけで相手も断られたときの感情が大きく変わると思うので、もし相手の頼みを断る際には参考にしてみてください。
福田
2020年11月08日
言行は、君子の運命を決定する重要な要素であり、機能です。言葉は心より表れます。そして、その言葉が他者に伝わり、心の中にあった想いが広がっていきます。さらには、他者を感化したり、評価される対象となったりもします。また、行動も、想いや思考より表れます。
思考、思索により固められた想いが身体に伝わり、行動として実を結んでいきます。
そのため、行動により他者に影響を与えたり、行動からその心を評価されるわけです。基本的に人間がおこなえることは、想うこと、表現すること、行動することにしぼられます。
そして、その中心、基盤は想うことにあります。まずは、想いを良いものに変えていきましょう。よりプラスの方向に、より他者への思いやりを含み、崇高なものへと変えていきましょう。想いが変われば、言葉が変わります。さらには、行動も変わってきます。
言葉や行動は、重要な機能ではありますが、根本的で最も大切なものは、やはり心となります。心の修養が大切である所以です。 寺澤
2020年10月31日
ある人から聞いた話で、私のとても好きな話があります。
『毎日2倍ずつ大きくなる睡蓮の葉が池に浮かんでいます。30日目に完全に池を覆う大きさになるとしたら、その半分の大きさになるのは何日目でしょう?』と問われました。私が『15日目』と答えると、その人は、その答えを待ってましたと言わんばかりの顔をしました。私の答えは間違っていたのですが、皆さんは答えが分かったでしょうか?答えは『29日目』になります。毎日2倍ずつ大きくなるということは、池の半分の大きさになったのは、30日目の1日前ということになるのです。単純な私はまんまと引っ掛け問題に引っ掛かってしまいました。
それからその人は続けました。「夢や目標があるなら、毎日コツコツと積み重ねていくことが大切だよ。最初のうちはその成果が目に見えなくて嫌になってしまうかもしれないけれど、29日目までは半分しかないのに、30日目にはいっぱいになる睡蓮の池のように、最後の最後にドカンと大きな結果になって返ってくるのだから。そしてその瞬間を体験した時には、言いようのない感動を味わうことができるんだよ。だから途中でやめるのは勿体ないよ」と。
「こんなに続けてもダメだった。全然上手くいかない。良くならない。」そう言っている人は単にまだ足りないだけということらしいです。上手くいかないのなら人よりたくさん、人より長く、コツコツと続けていくことが大切なんだと教えて貰いました。
加藤